DX 導入事例

2023.2.28

目的を明確にして
現場の意見を聞く
Linoが見出した
介護DX成功の鍵

高齢化が進むなか、国内の要介護者は700万人※1に迫ろうとしている。そして、介護サービス中の事故で圧倒的多数を占めるのが「転倒・転落・滑落」で、全体の6割※2を超える。転倒による骨折などが原因で寝たきりになるケースも少なくない。2007年に開所した特別養護老人ホーム「Lino」も、利用者の転倒事故に頭を悩ませてきた施設のひとつだ。ハワイの言葉で「輝き」「光る」という意味の「Lino」が、デジタルツールで課題解決に挑む過程を施設長の大門氏、介護主任の大西氏に聞いた。

※1 厚生労働省「介護保険事業状況報告の概要」(令和4年10月暫定版)より
10月末現在の要介護(要支援)認定者数:697.6万人

※2 平成30年3月 公益財団法人 介護労働安定センター「介護サービスの利用に係る事故の防止に関する調査研究事業」報告書より


大門 弘尚氏

特別養護老人ホーム Lino
施設長 大門 弘尚氏

大西 利洋氏

特別養護老人ホーム Lino
介護主任 大西 利洋氏


DXのポイント

  • 転倒事故を通知するセンサーカメラの導入により不要な訪室を削減
  • 転倒状況の映像化により報告書作成の負担軽減
  • 効率化により生まれた時間で入居スペースの衛生環境を向上
  • 居室内の必要以上の確認がなくなり、入居者のプライバシーが改善

推測で書かざるをえない事故報告書

介護施設では、転倒や誤嚥などの介護事故が起こると、自治体に事故報告書を提出する必要がある。そこには事故にいたる経緯を詳しく記載する必要があるが、そもそも転倒事故は誰も見ていない時に起こるのが大半だ。当然、詳しい転倒原因の解明には限界があった。

「個室という見えない空間のため、転倒事故の報告が上がってきても原因がわからないケースが多かったんです。だから事故報告書への記載内容もご家族への説明も、推測によるものになってしまう。経緯がわかならい状況で報告書を作成するので、その負担も大きいものがありました」

また、2020年頃から外国人の介護職員が増えてきたLinoでは、コミュニケーションの部分でも事故対応の課題をクリアする必要が出てきた。
「外国人職員たちも日本語はある程度話せますが、やはり人によってレベルの差があります。事故があれば彼らも日本語で説明しないといけないので、言葉に頼らない形でエビデンスを残す必要を感じていました」


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人感センサーから始まった試行錯誤

転倒問題を解決するため、Linoがまず試したのが人感センサーの設置だ。ベッドの下にセンサーを付け、利用者がベッドから降りる動作を感知し、それをスタッフルームに通知するというもの。転倒事故は、ベッドから降りて洗面台やトイレまで歩く間に多発する。そのため、ベッドから降りる動作を即時にキャッチできるだけでも、事故の予防につながると考えたのだ。

センサーは部屋ごとに通知音を変えられる仕様だったため、その音によってどの部屋で人が動いたかを特定し、様子を見に行っていた。しかし、部屋ごとの音を覚える必要があり、対応が属人的になってしまっていた。さらに、別の問題もあったという。
「センサーは布団がベッドの外に垂れ下がっただけでも反応するため、音が鳴ってあわてて見に行ったものの、何事もなかったというケースも。夜間は職員が少ないこともあり、広い施設内を一人で行ったり来たり、という無駄な動きが発生していました」

「また、センサーの通知が来る時には大きな電子音が鳴ります。生活の場にふさわしくない電子音が鳴ることで、ストレスに感じる利用者様もいらっしゃいました。
人感センサーは、コスト面では安価で始められるツールでしたが、これらの問題を考慮すると別のアプローチを考える必要がありました」

スタッフと一緒に回った展示会

それからLinoでは、介護DXの展示会を回ったり、メーカーに問い合わせたりしながら新たなツールの導入を模索し始めた。さまざまなツールを検討する中で、一貫して重視していたのが「転倒の経緯に関するエビデンスを残す」という目的だ。
「転倒の様子がわかるだけなら、防犯カメラを設置すればいいのですが、事故が起こったときに通知してくれるというセンサー的な機能も必要でした。また、カメラにはプライバシーの問題が付きまといます。おむつ交換や清拭をしている様子をどこまで鮮明に映していいのか。また、部屋のどの角度からどの程度の範囲を映すか。さまざまな要素を検証しました」

「ツールを選ぶ際は、現場の意見を大切にしました。あくまで使うのは現場のスタッフなので、彼らが使いやすいものでないと効果がありません。『エビデンスを残す』という目的はブレないようにしながら、展示会も現場スタッフと一緒に回って意見を聞くようにしていました」

利用者のQOL(生活の質)向上に向けて

1年ほど検討した末、Linoではセンサーで室内の人の動きを感知し、映像で前後の経緯を記録できるサービスを導入。リスクを抑えるため、まずは10部屋のみの試験的な導入から始めたという。
「導入したサービスは、映像の見え方がちょうどいいんです。鮮明すぎず、でも誰かは認識できる。映像は各スタッフの端末に届くので、部屋に行く前に映像を確認し、行くか行かないかを判断できます。だから、無駄な訪室は大幅に減りました」


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訪室したものの、特に何事もなかったケースを「空(から)訪室」と呼ぶが、Linoではツール導入後の空訪室が導入前の5分の1に減少。空いた時間を活用して、清掃や消毒作業をこれまで以上に入念に行えるようになった。コロナ禍で衛生面への懸念が高まるなか、より清潔で快適な空間を利用者に提供できるようになったという。

「また、これまで個室内での事故を防ぐために、ドアを少し開けて中を覗けるようにしていました。事故防止のためにはやむを得ない部分もあるのですが、利用者様からするとあまり気分は良くないですよね。それがなくなっただけでも利用者様のプライバシーが守られ、さらなるQOL(Quality Of Life=生活の質)改善につながったと思います。また、転倒の映像を見られるようになったことで、事故が起こりにくいようベッドの配置などを改善することもできました」

当然、事故報告書を書くスタッフの労力も軽減されている。これまで推測で事故報告を書くことに頭を悩ませてきたが、映像があれば、ありのままを書くことができる。特に、これまで言葉での説明に苦労してきた外国人職員や、介護経験のない派遣スタッフなどにとっては大きな安心材料となった。また、カメラには虐待予防の効果もあり、利用者や家族の安心にもつながるという。


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まだ一部の部屋だけの導入のため、転倒問題への取り組みは始まったばかりだが、その展望について次のように語ってくれた。
「最近は睡眠状態がわかる機能などもあり、ツールもどんどんグレードアップしていきます。このようなツールを生かして、介護の品質が上がっていけばいいですね。ただ、どれだけ便利になっても、利用者様に接するのは人間です。だからDXで無駄な時間が減った分、利用者様へのケアに向ける時間を増やし、利用者様と職員、双方の満足度を上げていきたいと思っています」

Linoが行った一連の業務改善は、お助け隊にとっても期待を感じる事例だ。エビデンスによって職員の不安解消や業務効率化を成し遂げただけでなく、利用者の生活環境の改善にもつなげている。双方の満足度向上につながる取組として、他の介護施設への波及にも期待が持てる事例だと感じた。


DX導入前 DX導入後


大門氏からのアドバイス

ITツールの導入にあたって守るべきポイントは3つ。1つ目は目的を明確にして、そこからブレないこと。Linoの場合は「エビデンスを残す」という目的を最後まで全員で共有しながら検討しました。2つ目は現場の意見をしっかり聞くこと。3つ目はいきなり全体に導入せず、小さい規模で試験的に始めることです。この3点を意識すれば、DXで失敗することはないと思います。


  • 社会福祉法人 史明会特別養護老人ホーム Lino 外観
  • 【企業プロフィール】
    社会福祉法人 史明会
    特別養護老人ホーム Lino
    奈良県奈良市窪之庄町116-1
    TEL: 0742-64-3500
    FAX: 0742-64-3800
    開設 2007年3月
    定員 入所 85名/ショートステイ 10名
    URL:https://www.shimeikai.or.jp/lino/