DX 導入事例

2021.12.01

ビール製造の
"オープンソース化”をめざす
ブリューパブスタンダードのDX

縮小傾向にある国内ビール市場において、希望の光となっているのがクラフトビールだ。この数年でメーカーは倍増し、大手ブランドの参入も進む。そんなクラフトビールの世界をITの力で進化させるべく、さまざまなアプローチを試みているのがブリューパブスタンダードの松尾氏。煩雑な製造記録やユーザーの好みをデータ化し、誰もが良質のクラフトビールを作れる世界を築こうとしている。その道のりや将来的なビジョンについて話を伺った。
松尾 弘寿氏

ブリューパブスタンダード株式会社
代表取締役 松尾 弘寿氏


DXのポイント

  • 製造情報を記録できるアプリを開発し、業務を効率化
  • 開発したアプリ「記醸くん」を商品として外販
  • ユーザーの評価システムと製造情報を紐づけるシステムを開発中

酒づくりは「製造記録」との戦い

松尾氏が飲食の世界に足を踏み入れたのは10代の頃。「30歳で独立」を目標に経験を積み、29歳のときに「開業するならブリューパブにする」と決意したという。そこから3年ほどは、大阪で200年の歴史を誇る酒造メーカーで修業し、醸造に関するイロハを学んだ。
「当時、先輩たちが手書きでさまざまな記録を取っているのを見て『大変そうだな』と感じていました。酒造業は、最終的に国税庁に酒税申告を行うため、詳細な製造記録を残す必要があります。多くの場合、紙に書くかエクセルで手入力するため、業界全体の作業負担は膨大なものだったと思います」


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修業先のサポートもあり、33歳で独立し大阪のビジネス街にレストランと小規模醸造所を併設した店舗、ブリューパブをオープンした松尾氏。当初の製造記録は、手書きとエクセルを併用して自分のやりやすい方法を探っていたという。
「1店舗だけの時は何とか業務が回っていたのですが、2店舗に増えてから、さすがに負担が大きくなり、根本的に作業を効率化する必要に迫られました。システムエンジニアなどに相談してみたのですが、既存の業務管理ツールをカスタマイズする提案が多く、なかなか話が進みませんでした。その頃「Fund & Fan」という大阪市のベンチャー支援プログラムを活用しており、そこでMountain Gorillaさんというシステム会社との出会いがありました」

膨大な入力項目を指示書で整理

松尾氏が出会ったMountain Gorillaは、主に製造企業向けに紙帳票の電子化をサポートしている。酒造業界は初めてという同社だったが、クラフトビール醸造に必要な記録事項を松尾氏が時間をかけて伝え、1年ほどかけてシステムを構築した。
「お酒の製造記録は独特で、原料をどのくらい仕入れてどのように醸造し、最終的にどのくらいの量の製品が出荷されたか、などを細かく管理されます。それらの記録作業をシステム化するための説明は難しく、何度も打ち合わせを重ねました」


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完成したシステム「記醸くん」は、原料の在庫管理、製造の記録管理、製造した製品の在庫出荷管理、さらには酒税の算出と申告書の作成までブラウザ上で完結する。通信環境があれば遠隔での入力や閲覧も可能だ。
「麦芽やホップ、酵母など原材料の登録や、原料や製品の受払一覧など、入力項目は多岐にわたります。システム設計にあたっては、こちらが意図した通りに各項目を紐づける必要があるため、指示書を作って確実に伝えるようにしました。もともとMountain Gorillaさんが同様の開発手法を得意としていたこともあり、結果的に良いシステムができたと思います」

システム導入の成果と商品化

「記醸くん」の開発により、ビール醸造にかかる事務工数は大幅に削減されたという。さらに遠隔での入力、確認が可能になったことで、さまざまな業務上のメリットが生まれている。
「外から入力やチェックができるので、スタッフ間で常にリアルタイムでの情報共有が可能になり、コミュニケーションがとてもスムーズになったと思います。また、弊社ではアルバイトスタッフも醸造に携わりますが、クオリティを維持しながらも教育にかかる時間が短縮され、結果的にお客様へのサービス品質も上がったと感じています」


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当然、このシステムは成功事例として業界内に広まり、同業者からの問い合わせや導入を希望する声が舞い込んでくるようになった。その声を受けて次に松尾氏が取り組んだのが、「記醸くん」の商品化だ。
「最初は社内での利用を想定して開発しましたが、同業者からの要望が高まるにつれ、みんなで使えるように商品として外販することにしました。醸造所が変わってもクラフトビールづくりに必要な作業や税務署から求められる情報はほとんど変わらないため、『記醸くん』も汎用的に使えるサービスとして販売できると考えました。それを機に『記醸くん』の商品化を担うための一般社団法人ALFHAを設立し、Mountain Gorillaの社長や顧問税理士、他社の醸造所の社長にも理事として参画してもらうことで機能改善などをスピーディに行っています」

「おいしい」の条件をデータで可視化

システムを軌道に乗せた松尾氏は現在、クラフトビールのさらなる活性化に向けて次なるIT活用プランを描いている。それは、消費者の評価機能と製造記録を結び付ける新たなプラットフォームの構築だ。
「クラフトビール業界はこの2~3年で事業者が200から550程度にまで急増しています。市場が盛り上がる一方で、品質の乱れに対する懸念もあり、『初心者でも一定の品質のビールを作れるシステムがあれば良いのでは』という仲間内での話をきっかけに開発がスタートしました。製品ごとにQRコードが付与され、それをパッケージやメニュー表に貼り付けます。ユーザーはそこにアクセスし、『好き』『嫌い』『どちらでもない』と簡単な評価ができるような仕組みをイメージしています」


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さらに、この評価を製造記録のデータと紐づけることで、どのような条件で醸造すれば味の良いビールができるか、というデータを蓄積することができる。そのデータがあれば、初心者の参入ハードルも下がるという。
「ビールは同じ作り方でもロットや製造日によって味に差が出ることがあります。これまで、その原因が分からないことも多かったのですが、この仕組みができればデータで細かく追跡ができると思います。多くの酒造メーカーは、酒屋さんに卸した後は消費者の評価が分かりません。だから、このようなデータは今後重要になってくると思います」

消費者を巻き込んで業界全体を活性化

現在、ブリューパブの運営に加えて、新規参入者へのコンサルも手がけている松尾氏。コンサルの依頼者には、開業の段階で「記醸くん」を導入してもらっている。
「このシステムを導入すれば、未経験の方でもおいしいビールを作りやすくなり、品質を保ちながら参入ハードルを下げることができます。実際に、コンサルをご依頼いただく方にも喜ばれています。また、2021年6月から食品衛生管理の基準である『HACCP』が厳格化されたこともあり、そのチェックリスト機能も追加しました。新規参入者も含め、食品製造業者が抱えている悩みを少しでも解消していきたいと考えています」

製造記録の効率化に始まった同社のDXは、消費者も巻き込んだ大きなプラットフォームに成長しようとしている。その先に見据えるのは、クラフトビールのさらなる活性化だ。
「アメリカでは家庭でもクラフトビールが作れて、レシピを共有するプラットフォームやコミュニティも数多くあります。開発中のユーザー評価システムには、自分と好みの似た人が『他にもこんなビールを評価しています』といったレコメンド機能を付けることで、同じビールを好きな人どうしがつながる環境を作りたいと考えています。メーカーとユーザーがデータでつながることでクラフトビール全体がブラッシュアップされ、醸造技術も進化していくのではないでしょうか」


DX導入前 DX導入後


松尾氏からのアドバイス

小規模事業者にとって、DXにコストをかけるのは勇気が必要で、投資を回収できるか悩むと思います。モノづくりの世界では投資効果が見えにくいケースもあると思いますが、事務作業の圧縮によって、職人が「おいしさ」の追求に集中できたり、スタッフのモチベーションが上がったりと、単純な投資回収では計れない効果もありますので、柔軟な判断が求められるのではないでしょうか。


  • ブリューパブスタンダード株式会社 外観
  • 【企業プロフィール】
    ブリューパブスタンダード株式会社
    代表取締役:松尾 弘寿
    所在地:大阪市中央区大手通1-1-2
    TEL:06-6809-5229
    創業:2016年4月23日(1号店オープン)
    事業内容:ブリューパブの経営及びコンサルティング
    酒類の製造、企画販売及び輸出入
    飲食に関する教育、研修、セミナー、講演の企画及び運営
    URL:https://brewpub.co.jp/
    一般社団法人ALFHA
    https://alfha.jp/