DX 導入事例

2021.10.25

“競争しない”ビジネスモデルを
可能にした
東海バネ工業の
40年続くIT戦略

競合ひしめく金属ばね業界で異彩を放つメーカーが大阪にある。高品質な特殊ばね製造に強みを持ち、東京スカイツリーやHⅡロケットにも採用された実績をもつ東海バネ工業だ。平均受注ロットは5個。「多品種微量生産」という同社のビジネスモデルは決して効率的ではない。しかし、その壁があったからこそ、同社はIT戦略で先駆的な地位を築いたともいえる。かつて社内のIT化で陣頭指揮を執り、現在はトップとして経営を率いる夏目社長に、その極意を伺った。
夏目 直一氏

東海バネ工業株式会社
代表取締役 夏目 直一氏


DXのポイント

  • 設計支援システム、見積管理システムにより受注対応をスピード化
  • 職人が持つ技術のデータ化により若手人材への技術継承を効率化
  • 成形ラインの機械化により作業現場の危険を軽減

WEB取引を成功させた情報公開

東海バネ工業がオンライン受注を開始したのは、インターネットが普及して間もない2000年代の初頭。他社に先駆けた取り組みの背景には、同社のビジネスモデルが抱える特有の課題があった。
「弊社は特殊なばねを小ロットから完全受注生産で提供しているため、一件あたりの取引額は大きくありません。従って、できるだけ顧客を増やして注文をかき集める必要があります。折しもバブル崩壊で業績が低迷していた時期。大阪市のITセミナーでノウハウを学び、お客様が知りたい情報に応えられる辞書型ホームページを開設しました」


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同社のホームページでは、取り扱うばねの種類ごとに応力などの計算式や設計情報が掲載されているが、ここまで詳しく情報を公開しているメーカーも珍しい。
「最初は会社の財産である技術情報を公開するなど想像もしていませんでしたが、アドバイザーから『情報を出さないと、発注者に会社の強みや特徴が伝わらない』と指摘され、公開に踏み切ることになりました。これは会社としては大きな方針転換でしたが、結果的に毎年100社前後の新規取引につながりました」


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注文対応を支える2つのシステム

小ロットの注文をかき集めるスタイルを貫くには、一つひとつの注文を限られた人員でスピーディにさばく体制が欠かせない。それを支えているのが「アンクル」「タスカル」という2つの独自システムだ。
「弊社では1970年代から顧客のデータベース化に取り組んでおり、業務のIT化は割と進んでいました。しかし、設計業務だけは技術と経験が必要で、自動化が遅れていたのです。そこで、職人が持つ設計ノウハウをデータ化して、若手人材でも活用できるようにしたのが設計支援システムの『アンクル』です。システム化のポイントは、設計したものがOKかNGかの判定基準をデータ化したこと。求められる性能を満たすバネの設計をエクセルで計算し、完成したらCADで自動出力することで設計業務を効率化しています」

もうひとつの「タスカル」は、得意先から受けた注文内容に応じて、見積り金額と納期を素早く算出するシステムだ。過去に受けた注文内容はすべてデータベース化されており、それらと材料在庫、現場の稼働状況などに基づいて即座に回答を返すことができる。
「弊社にご依頼いただくお客様の多くは、少量のばねが急に必要となった方です。だから費用や納期をすぐにお伝えすることも大切な価値なのです。また、数多くのご注文に対応しているため、間違った金額や納期を伝えてしまうと大きなトラブルにつながります。システムによって誰もが正確な回答をはじき出せるため、そのようなトラブルの防止にもつながっています」


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人とデジタルが技術を高めあう環境

いかにデジタル化が進もうとも、ばねの品質を左右するのは職人の技術だ。職人の世界には「技術継承」という課題がつきものだが、その点でも同社はデジタルの力をうまく活用している。
「800~900℃に熱した鋼材を芯に巻き付けていく『熱間成形』という工程がありますが、これは危険を伴う作業です。この危険と作業負担を可能な限り軽減し、職人にさらなる価値を発揮してもらう目的で開発したのが『YUKI』というコイリングマシンです。職人の感覚でコントロールしていた成形条件を数値データに落とし込み、若手でも同じ条件で成形できるようにしましたが、感覚をデジタルデータ化することは簡単ではなく、職人と開発者による試行錯誤が1年ほど続きました」


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高度な技術を持つ職人はデジタル化への関心が低かったこともあり、必要な情報を引き出すことには苦労したという。しかし、それを乗り越えた同社では、デジタル技術と職人が相互に高めあう相乗効果が生まれているようにも見える。
「世の中の機械は常に進化するので、それに合わせて弊社でも新しい設備を導入していきます。その際、職人たちに言うのは『新しい設備によって新しい品質のバネが作れるようになると、そのための新しい職人技が生まれる。だから進化を受け入れて新しいことにチャレンジすれば自分の技も進化していく』ということです。今では多くの職人が、この理念に共感して技術を磨いてくれています」


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DXは経営改善とビジョン達成の手段

一連の改革がもたらした大きなメリットのひとつが、社員のITスキル向上だ。職種に関係なく1人1台のパソコンを活用し、グループウェアやチャットでの情報共有は当然のように行われている。最近では、社員が自発的にプログラミングを学び、より便利な業務改善ツールを開発することもあるという。
「既存の業務管理ソフトを社員が自らカスタマイズし、稟議や勤怠管理などに活用しています。結果的に管理業務にかかる人員は必要最小限になりました。また、受注に至らなかったご相談などの情報を共有する仕組みも社員みずから構築し、より密接なお客様との関係づくりを可能にするなど、目に見える形での経営改善につながっています」


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特殊ばねというニッチな分野での事業展開、そして多品種微量生産という他社が敬遠するビジネスモデルを早くからITの力で乗り越えてきた同社。その先に見据えるのは海外展開だ。
「私たちは『世界から相談される会社』をめざしています。インターネットを使えば物理的な距離は克服できますが、時差や言語の壁はまだ超えられていません。いずれはAIも活用して地球の裏側からの質問や見積り依頼にもリアルタイムで応えられるように、基幹システムの再構築を模索しています。私たちにとってDXは手段のひとつ。まずはしっかりとした未来像を描き、そこに到達する手段としてITやDXの活用法を考えることが私たちの基本姿勢です」


DX導入前 DX導入後


夏目氏からのアドバイス

まずは自分たちの事業をFacebookで発信するなど、ハードルの低いことから着手することをおすすめします。もちろん、すぐに結果は出ないので、うまくいくまでコツコツと続けることが大切です。そうすれば、他のデジタルツールにも目が向くようになります。また、中小企業の場合は、やはり経営トップが率先垂範し、社員に対しては失敗を許容する姿勢を持つことが重要です。


  • 東海バネ工業株式会社 内観
  • 【企業プロフィール】
    東海バネ工業株式会社
    本社:大阪市西区西本町2丁目3-10
    西本町インテス12階
    Tel 06-6541-3591 Fax 06-6541-3592
    豊岡神美台工場:兵庫県豊岡市神美台157-21
    Tel 0796-29-5730 
    Fax 0796-29-5750
    資本金:96,445千円
    社員数:86名
    代表取締役:夏目 直一
    事業内容:金属ばね製造(熱間コイルばね/冷間コイルばね/皿ばね/板ばね)
    URL:https://www.tokaibane.com/