2022.1.19
「書く」をやめて
手間もミスも削減。
老舗旅館「蘇山郷」が描く
明るい未来。
蘇山郷
三代目 館主 永田 祐介氏
DXのポイント
- ◆予約情報を一元管理するPMSを構築し、作業負担とミスを軽減
- ◆レストランと調理場をシステムでつなぎ、フロアのスタッフ配置を最適化
- ◆キーレスで宿泊できる新館の開業
「手書き」から生まれる損失
ホテルや旅館では、長く「宿泊台帳」という紙の帳票が活躍してきた。予約が入ると、名前、人数、部屋、食事など、さまざまな情報を書き込み、キャンセルされれば線で消す、というものだ。そこには「手書き」という大きな問題があった。
「予約は自社ホームページやOTA、電話とさまざまなルートで入ってきます。以前はそれらを台帳に記入し、それを基に部屋割りをつくっていました。しかし、人的作業にはミスがつきもので、名前の間違い、予約やキャンセルの反映漏れなど、さまざまなトラブルを誘発し、ひいては機会損失の原因となっていました」
手書きをベースにした業務フローは、旅館の重要なサービスである「食事」の管理でもボトルネックになっていたという。
「以前、調理場にはホワイトボードがあり、人数、コース、アレルギー情報などを書き込んでいました。予約時に台帳に書いたものを今度はホワイトボードに転記する、という作業のために、毎朝30分ほど時間をかけていたのです。さらに、先々の予約を把握するために1週間の食事表も作っていましたが、予約内容は刻々と変わるので、その反映も大変でした。また食事中に追加注文があれば会計金額に追加する必要がありますが、その金額が合わず確認に時間を取られることもありました。『書く』という作業のために、少なくとも毎日1時間はロスしていたと思います」
新たなPMSで「書く」を徹底削減
転機が訪れたのは2019年。IT導入補助金を活用して、新たなPMS(Property Management System)として「支配人くんNEXT」を導入し、予約管理を徐々に自動化していった。それ以前も古いPMSを取り入れてはいたが、このサービスを同業者から紹介されたのを機に見直しを進めたという。
「現在のシステムでは、OTAや自社サイト経由で入ってきた予約は自動的に部屋割りや当日のフロント表に反映されます。電話で入った予約だけは手作業での入力が必要ですが、紙に書くという作業がなくなったことで作業は大幅に簡素化されています。キャンセルや予約内容の変更もリアルタイムで反映されるため、常に全スタッフが最新の予約状況を把握できる環境です」
当然、システム化は食事のサービスフローにも導入され、レストラン、および調理場の作業は大きく効率化された。
「予約と連動して、調理場のモニターにも食事の時間、人数、コース、注意事項が一覧で表示されるようになり、ホワイトボードへの記入は不要になりました。この一覧はブラウザで閲覧できるため、料理長が帰宅後にスマホで確認することもできます。追加注文があった場合も、フロアスタッフがタブレットで入力すれば自動的に会計に反映されるため、金額の間違いもありません。さらに、コースで次の料理を出すタイミングをフロアスタッフがタブレットで調理場に指示できる仕組みを独自に開発しました。この仕組みによってフロアと調理場を往復する必要がなくなり、スタッフのより効率的な配置につながっています」
1年の併用期間を経てメリットが浸透
システムの本格導入までには、当然ながら多くの試行錯誤があった。旧来の業務フローに慣れているスタッフからは反発もあったという。
「紙の台帳やホワイトボードを見慣れているスタッフからは『見づらい』『スマホを使い切れない』などの声がありました。パソコンやスマホを使える人と使えない人、書かないと安心できない人など、スキルによって取り組み方が大きく変わってきます。さらに、常勤のスタッフか、不定期で入るヘルプスタッフかによっても習熟度に差がありました」
このようなハードルを乗り越えるため、最初の1年ほどはPMSと紙の台帳を併用しながら進め、徐々に台帳への記入をなくしていったという。最初は慣れない操作に戸惑いがあった現場だが、仕組みを理解した後はメリットを感じるようになり、「作業が楽になった」という声も増えていった。
「書くからミスが起こるし、書くから時間が取られる。だから絶対に導入が必要だと現場を説得し、自分でも使って見せるようにしました。そして、『ITが必要な社会になっていくので、使えるようになってください』と言い続けることで現場の意識を変えていきました」
お客様のさらなる満足をめざして
一連の業務フロー改革によって、スタッフの作業が大きく効率化された蘇山郷。その効果は、もっとも重要なポイントである「顧客満足」にも表れている。
「作業時間が短縮できた分、お客様に向き合う時間は増えていますし、ドリンクなどの注文ミスもなくなり、結果的に満足度も上がっているのではないでしょうか。特に料理に関しては、2年前と比べてインターネット上での評価が明確に上がっています。レストランでのスタッフの動線が簡略化されたことで、よりおいしい状態で料理を運べるようになったことが要因だと思います」
2021年10月には、さらにデジタル化を進めた新館をオープン。コロナ終息後の旅行需要の取り込みに向けて、ここでもデジタルの力を存分に活用している。
「新館ではルームキーをなくし、PINコードで入室する仕組みにしています。カードで事前決済されたお客様には、宿泊前日にメールでPINコードをお送りし、客室フロアへの入り口、客室ドア、大浴場の入り口など主要なポイントはコードを入力しないと入れないシステムです。アプリでスマートチェックインすることもでき、当館の業務効率化とお客様の手続きの簡素化をさらに進めた施設になっています」
明るい未来に向けてアンテナを張る
過去には九州北部豪雨、そして熊本地震と2つの災害に見舞われ、現在は新型コロナウイルス感染症という逆境も乗り越えようと挑戦を続ける永田氏。ITの力も存分に活用し、ピンチをチャンスに変えてきた背景には、経営者としてのアンテナがあるという。
「地元の青年部で長く活動していましたが、その間に培ったネットワークから多くの情報が得られます。また、活動で各地を回るので宿泊施設に泊まることも多く、そこでヒントを得ることも少なくありません。よく『TTP=徹底的にパクる』と言いますが、社内にこもらず、積極的に外へ出て、良いものはどんどん取り入れる姿勢が大切です」
「何かを変えるには大きなエネルギーが必要です。しかし、変わった先に明るい未来があるなら、間違いなく変えるべきです。当館の場合『効率化によってスタッフの作業が楽になる』という未来に向かって改革を進めてきました。まずは、自社にとって何が“明るい未来”なのかを明確に描くことが重要ではないでしょうか」
永田氏からのアドバイス
DXに取り組む上では「コストをどう回収するか」という視点も忘れてはいけません。例えば、イニシャルコストは補助金などをうまく活用して圧縮する。ランニングコストは、新しいサービスで利益を増やしたり、残業代を減らしたり、といった財務改善によって回収するなど。経営をダイレクトに見られるトップが常に効率化や財務改善へのアンテナを張ることが大切です。
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【企業プロフィール】
阿蘇内牧温泉 蘇山郷
熊本県阿蘇市内牧145 TEL: 0967-32-0515部屋数:22部屋(和室18室/洋室1室/和・モダンルーム2室/特別室1室)定員:70名
チェックイン:15:00 (最終チェックイン:22:00)
チェックアウト:11:00
駐車場:無料駐車場25台完備(バス3台)、充電スタンド有りURL:https://www.sozankyo.com/