市内中小企業DX推進事例集

2025.11

データの蓄積、業務の可視化、情報の活用
伊福精密に学ぶ、中小製造業のDXに必要な視点

人物写真 伊福精密株式会社
取締役 執行役員 製造部長 
中西 純一 氏(左)
専務取締役 執行役員 
松田 幸次 氏(右)

創業から半世紀以上にわたり、高精度の金属加工で日本のものづくりを支えてきた伊福精密。自動車部品から医療、半導体、ゴルフクラブまで、幅広い産業に関わってきた経験を基に、現在も精力的に新市場の開拓に取り組んでいる。その挑戦を支えるデジタル環境の整備と業務改革について、専務の松田氏とDXを統括する中西氏に話を伺った。

1990年代から認識していたデータ活用の重要性

もともと伊福精密はデジタル活用に積極的な企業だった。1990年代に入社した現社長の伊福元彦氏が、当初から製品情報や加工内容をデータで残す必要性を感じていたからだ。世の中でDXが叫ばれ始める前から、伊福氏は加工データの効果的な保管と活用の道を模索し続けてきた。その取り組みをさらに発展させる契機となったのが、2016年の金属3Dプリンター導入と、2018年の新工場の稼働だ。

「金属3Dプリンターによる造形サービスを事業化したことで、3D CADのデータを数多く扱うようになり、その知見が社内に蓄積されていきました。また、新工場ではネットワークインフラを充実させ、社員にはタブレットを提供して社内のコミュニケーション環境を改善させました。これらの環境整備によって、データを活用しようという機運もさらに高まっていったと考えています」と中西氏は振り返る。

クラウドのメリットを生かす新サービス

このような流れを受け、2019年に生まれた新事業が「デジタル倉庫サービス」だ。これは、2D・3DのCADデータや工程図、ツールシート、製品画像など、製造に必要な各種データを顧客との共有クラウドで管理し、必要なときに最適な生産拠点での製造を可能にするプラットフォーム。図面などのデータが残っていない場合、実際の製品を3Dスキャンするリバースエンジニアリングでデータ化することも可能だ。

製造業には、部品の在庫切れによる生産の遅延や、部品メーカーの倒産などによるサプライチェーンの分断リスクが付きまとう。また、金型の保管コストも長年の課題だ。このサービスは「クラウド」のメリットを生かし、業界課題を解決に導く好事例といえる。製造に対応できる工場であれば世界中どこでも生産できるため、納品先が海外の場合でも輸送コストを抑えられる。関連技術の特許も取得し、中小製造業の新たなビジネスモデルとして注目されている。

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電子化と可視化で業務改善が加速

デジタル倉庫サービスの開発と並行して、社内業務に関してもクラウドサーバーの活用が進められていた。それまで社内サーバーで管理していた各種業務データは2018年から2019年にかけて順次クラウドに移行。出張の多い経営陣や営業が社外からでも最新情報にアクセスできる環境を整えていった。

さらに、製造業の宿命ともいえる紙帳票の悩みもクラウドで解決を図る。各社員にタブレットが支給されたのに合わせ、同社の帳票類も順次電子化していった。「それまでは、エクセルで作った帳票を紙で回覧し、最後はスキャンしたPDFで保管する、というフローで業務を管理していました。ベテランの技術者の中には『紙の帳票の方が見やすい』という意見もありましたが、今後の成長のためには避けて通れない改革でした」と中西氏は語る。

コロナ禍で一時的に業務がストップした2020年には、見積り依頼から納品に至るまでの一連の業務フローを改めて整理。「社内ルール改善プロジェクト」の名の下、フローに沿って業務関連のデータが蓄積される体制を構築した。さらに問い合わせへの対応状況や受注と失注の状況など、営業の進捗状況を可視化した「営業支援ボード」を作成し、より効率的な営業活動を可能にした。

周到な社内体制の整備と、ベンダーとの関係構築

これらの実行を可能にした要因のひとつが、改革を推進するためのチーム体制だ。新たな改革プロジェクトが立ち上がると、中西氏が各部門からキーメンバーを抜擢してプロジェクトチームを組成し、そのメンバーで具体的な改革を進めていったという。「メンバーは、プロジェクトの内容を鑑みて最適だと思う人材を選びました。現場で抵抗があっても、チームのメンバーがそれぞれの部署でうまく説得してくれたおかげで、さまざまな改革が実現できたと思います」と中西氏。

中西氏が伊福精密に入社したのは2019年で、前職は他の製造企業でIT関連の業務に携わっていた。入社後は約2か月をかけて社内の各部署を回り、社員と関係を築きつつ現場の課題に即したDX施策を検討した。また、メンバーを巻き込む際には本業を圧迫しないよう事前の情報整理や不明点の解消にも務め、DXを円滑に進めるための体制を整えたという。その手腕については、専務の松田氏も「彼の巻き込み方は秀逸だった」と評価する。

また、SaaSを提供するベンダーとの関係構築も見逃せないポイントだ。同社もDXを進める中で複数のSaaSを導入したが、それらのベンダーが開催するユーザー会などに積極的に顔を出し、より利便性の高い活用ができるようアップデートを促している。このような地道な努力がDXの成功を後押しすることも認識しておきたい。

経営トップが方針を示す大切さ

早くから経営トップがデジタル活用に目を向けてきた伊福精密だが、すべてが順調に進んだわけではない。例えば生産管理のシステム化に関しては、試作の注文が多くイレギュラーな対応も日々発生する同社においてはハードルが高く、一度トライしたものの断念した過去がある。それでも、さらなるデジタル活用へのチャレンジ意欲は衰えていない。

そんな同社が次に目を向けているのが生成AIだ。「数年前から生成AIが話題になっており、弊社としてもそろそろ本気で導入を考えるフェーズに来ています。手順書などのフローの中にAIの判断を組み込んだり、シンプルに現場の作業員がプロンプトを打ち込んで判断を仰いだりする活用法を考えています。また、社内のコミュニケーションツールに蓄積されている情報を資料に落とし込むような使い方も検討しています」と中西氏は構想を語る。

「帳票の電子化など、一連の改革を通じて社内の業務データを集めやすくなりました。これからは『集めたデータをどのように活用するか』を個々の社員が考え、会社の成長につなげることが大切だと考えています。そのためには情報活用のスキルが必要ですが、便利なデジタルツールが増えている今、基本的な知識があれば多くのことができると思います」と期待を寄せる。

最後に松田氏は、経営トップが方針を示す重要性を次のように説いた。「やるか、やらないかは社長しか決められません。人材不足の中で中小の製造業が生き残るには、財産である技術データを効果的に残して活用することが不可欠です。経営トップがその危機感を強く持ち、方針を示したことはDXを進める大きな推進力になったと思います」。

(取材日:2025年11月4日)

アドバイス

誰もがスマホやタブレットを日常的に使う現在、「デジタル」はとても身近な存在です。生成AIの登場により、簡単なソフトならプログラミングの知識がなくても作れるようになりました。この数年でDXに対するハードルは下がり、今後も下がり続けるのは間違いありません。一方で、効果的なDXにはデータの蓄積が不可欠です。手書きの情報などをデータ化する作業には早く着手することをおすすめします。テクノロジーがどんどん進化する今の時代、中小の製造業が生き残る鍵は、財産である「技術」を残すことです。そのためにもDXは必須だと考えています。デジタルに慣れている若い世代の視点を取り入れ、社内の仕組みを変える姿勢を持つことが大切だと思います。

神戸市モデル/中小企業DX推進チェックシート

神戸市モデル/中小企業DX推進チェックシートを基に、伊福精密株式会社の取組を整理いたしました。実際の取組内容をヒントに、DX推進ポイントを踏まえながら、自社のDX推進にお役立ていただければ幸いです。

伊福精密株式会社
01 ビジョン・
ビジネスモデルの策定
・データのデジタル化・クラウド化により情報の欠落を防ぎ、サプライチェーン連携による「ものづくりのレジリエンス(弾力性)向上」を進める
02 ビジョン達成のための
全体戦略の策定
・社内のあらゆるデータを可視化し、担当者が「気づき」を得られる環境を整えることで自発的な改善につなげる
03
戦略の
推進
①組織の視点 ・経営層の主導で具体的な施策を立案し、導入するツールや導入計画を推進する。
・各部門からキーメンバーを選抜してプロジェクトチームを組成し、現場の作業に落とし込む。
②人材育成・確保の視点 ・施策ごとに組成するプロジェクトチームのメンバーを中心にリテラシーを高め、その知見を各部門に浸透させる。
③デジタル技術の活用の視点 ・現場帳票の電子化システムを活用し、社内情報をデータベース化
・業務データを社内サーバーからクラウドサーバーへ移行
・クラウドサーバーを活用し「デジタル倉庫サービス」を事業化
・BIツールを活用した営業支援ボードを構築
・社内情報の整理、分析作業への生成AIの活用を検討
④サイバーセキュリティの視点 ・定期的にクラウドサーバーをモニタリングし、不正なデータ操作を監視
04 成果指標の設定 ・電子化する帳票数の目標を設定
・データを活用した業務改善施策ごとに目標値を設定
05 管理体制の構築 ・中西氏を中心に、経営層と各部門の責任者が連携を図りながらDXを推進。
市内企業への好影響 ・製造業界のSaaSユーザー間での情報交流を積極的に進める
・県内の経営セミナーなどで自社のDX事例を発信

外観

【企業プロフィール】
伊福精密株式会社
本社所在地:神戸市西区伊川谷町潤和字西ノ口750-6
代表者:伊福 元彦
創業:1970年
資本金:5000万円
従業員数:50 名(2023 年 6 月末現在)
事業内容:
・各種試作品・量産品の製作、冶工具・金型の設計製作
・難加工材の工法開発、新素材の加工方法の研究
・製品測定事業
URL:https://www.ifukuseimitsu.com/